No.  (--)
dayline

Date -- ・ -- ・ --

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 // コメント(-) // トラックバック(-) // Top

No. 4 (Sun)
dayline

Date 2006 ・ 04 ・ 30

くさ気持ちいい共有体験!!

ゴールデンウイークには、高速道路で大渋滞が起こる。数十キロに及ぶ車の列が、延々と続く。毎年くりかえされる大渋滞。分かっているのに、なぜ出かけるのか。

大渋滞は共視のチャンス、だからです。

パーソナル・スペースを互いに共有し、窮屈な車内に同じ方向を向いて座り、同じ景色を共視する。そして、同じ音楽を聴き、同じ空気を吸い、同じ(さまざまな)匂いを嗅ぎ、同じ食べ物(多分サービスエリアのオニギリと焼きそばとたこ焼き)を食べる。五感をフルに活用した、家族全員での、これほどの共有体験のチャンスは、現代においてここ以外にない!(言い切り。)

共有は息苦しくもあり(狭い空間で誰かが放屁でもしたら・・・考えるだけでもおぞましい)、快感でもある(くさ気持ちいい)。共有を通じて、初めてわれわれは生きるということの意味を知る。

「テレビを見ての会話 言葉の獲得促す」つい先日の朝日新聞の小さな見出しである(2006年4月20日付)。それによれば、見ている内容を子どもと話した場合、話せる言葉が増える傾向が見られ、語彙獲得を促進する可能性があるとのことである。研究代表者の小林登東京大学名誉教授は、「母子の会話が大切なのは昔からいわれているが、母子にテレビを加えた三角関係でも影響がある」という。これこそ、北山修九州大学教授のいう原象徴的三角関係そのものではないか。共有体験の際に、五感のうちもっとも不確かな視覚と、その次に不確かな聴覚を用いた共有体験。それでさえ、これである。

高速道路の大渋滞。そこでの共嗅、共触、共味も動員した共有体験の力はどれほどのものであろうか。ああ、想像するだに、くさ気もちいい。

スポンサーサイト
日記 // コメント(4) // トラックバック(0) // Top

No. 3 (Sat)
dayline

Date 2006 ・ 04 ・ 29

まさこ(もたい)はボーっとできなかった!

「ボーっとすることは以外に難しいですねえ」と、まさこ(もたい)はヘルシンキの町の小さな食堂でつぶやいていた。まわりのみんなもうなづき、フィンランドの人たちはなぜみんなのんびりしているように見えるのだろうと首をひねった。そこでフィンランド人の豚身(トンミ)君の示唆。「それは森」。

これは映画「かもめ食堂」の中の小さなエピソードの一つ。短絡的なまさこ(もたい)は、即森へ行く。ところが、森の不思議な空気を吸いながらも、まさこ(もたい)はひたすらキノコ狩りをしているのだった。スーツケース一杯のキノコと向かい合ったとき、はじめてまさこ(もたい)は自分はなにか間違っているような気がしてくる。

普通の生活の中で「ボーっと」することは、とても難しい。現代の都市生活では、拘置所かキャンプ生活にしか「ボーっと」は無いのかもしれない。

「ボーっと」の意味は、「非生産的な時間」の創出にあった。そして、その時、そこで、将来芽を出すかもしれない種を蒔く。非生産的に時間を過ごせれば、見たところ「ボーっと」していなくて、一見活動しているように見えても良いのかもしれない。

「テレビを見ていた」といいながら、後で思い出してみるとその内容をあまりつかんでいない、ということがありはしないか。実はその時「ボーっと」していたのではなかったのか。それが、馬鹿馬鹿しいテレビ番組の効用なのかもしれない。
日記 // コメント(0) // トラックバック(0) // Top

No. 2 (Fri)
dayline

Date 2006 ・ 04 ・ 28

「好青年。」

「好青年。(言い切り)」これが朝日新聞の写真を見ての第一印象。拘置所から保釈で出てきた堀江氏の顔写真は、頬がすっきりとして、瞳が涼しく、ストレートな表情が好ましい。約3ヶ月に及ぶ規則正しい(と想像する、あくまでも想像!)拘置所生活は、それ以前の彼の生活とまったく違ったものだったのだろう。生活が彼(の顔つき)を変えた。

僕はドラマ以外テレビをほとんど見ないので、世間で知られているほどには堀江氏のことを知らない。なぜ逮捕されたのかも、なぜ世間が騒ぐのかも良くわからない。しかし、すっきりとした「好青年」堀江の顔写真を見て、僕は30代のころの自分自身を思い出した。

僕だってあのころは、今よりよっぽどすっきりしていた。もっともっとストレートで純粋だった(はずだ)。瞳も澄んでいた(ように思う)。好青年だった(と思いたい)。

で、なぜ好青年だったのかといえば、それは毎夏1ヶ月のキャンプ生活に尽きる。キャンプ生活は、いろいろな面で制約されている。夜は暗いから寝るしかない。朝は日が昇るとテントの中はむやみと明るいし暑いので起きるしかない。昼間は、食事の準備と後片付け以外はやることがないので、ひたすらボーっとして過ごす。ひたすら「非生産的」な日々。学問も研究もそっちのけの、そんな日々が続くと便秘は解消し、風邪は治る。いやでも顔つきが変わってくるし、気持ちは素直になる。

でも、そんな「非生産的」な日々に、僕は将来芽を出す種を蒔いた(と信じている)。15年前にキャンプ生活で蒔いた種が、今「いのちの教育」という芽を出した(のかも)。拘置所生活で蒔いた(かもしれない)種も、いつか芽を出す(んじゃないだろうか)。
日記 // コメント(1) // トラックバック(0) // Top

No. 1 (Fri)
dayline

Date 2006 ・ 04 ・ 28

ブログをはじめようと思って、今かなりの力作を書いたのに、公開したつもりが削除してしまったようだ。かなりのショック。どっと疲れた。

ということで、これはテスト。
日記 // コメント(0) // トラックバック(0) // Top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。