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No. 71 (Mon)
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Date 2006 ・ 09 ・ 25

1年生と6年生!

今日は、埼玉県の小学校へ、研究授業の参観に行ってきました。午後は先生方との研究協議で、自宅へ帰り着いたころはすっかり暗くなっていました。

1年生の生活科と6年生の音楽の授業でしたが、それぞれ驚きと感動の授業でした。先生方の指導力の素晴らしさがあってのことではありますが、子どもたちの素直な気持ちがストレートに表現される様子がとても魅力的でした。

1年生の児童が、家族に可愛がられて育てられてきたことを実感して、それに対しする気持ちを、きちんと言葉にして語ったり書いたりできることに、まず驚かされました。その前提としておこなわれた、家族からの手紙を、音読を繰り返して読み込ませ、その上で黙読をして自分の心にしみこませていくという指導が、子どもたちひとりひとりに浸透していたのだとおもいます。

6年生の児童が、二人で見詰め合って互いの声の響きを確かめ合い、感じあう、その素直さに涙がこぼれそうになりました。さらに、二人で互いの身体に触れながら発声練習をしたり、グループで輪になって練習をし、最後には肩を並べて観客の方を向いて合唱をするという、五感を通じた共有体験を発展的に構成している授業でした。

いのちの教育の内容に重点を置いた1年生の授業と、方法に重点を置いた6年生の授業でした。

明日から私の勤務する大学も秋学期が始まります。小学校の授業に負けない、魅力的で感動的な授業を展開したい、と思いを新たにした一日でした。

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No. 70 (Sun)
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Date 2006 ・ 09 ・ 24

門出の秋!焼いもの秋!

今日は勤務する大学の卒業式でした。
学部と大学院のゼミに、それぞれ1名ずつの卒業生がいることもあり、ネクタイをしてお祝いに出かけました。

今や、9月に卒業する人も、秋に入学してくる人も、それほど珍しい存在ではなくなりました。もっとも、春に入学して、4年半在籍して9月に卒業する人もいますし、もっとたくさん大学にとどまる人もいます。そして、30代、40代、50代、60代で入学してくる人も珍しくなくなってきました。いろいろな学び方が、ごく普通にできるようになったのですね。

秋は入学試験のシーズンでもあります。学部の推薦入試やAO入試はこれから目白押しですし、大学院の入試も来週辺りから続々と始まります。

そもそも、受験生が大学や大学院を選ばなければ、入学試験は成立しなのですが、いつのまにか受験生の方が一方的に選ばれる(あるいは選ばれない)という弱い立場になってしまうのは辛いものです。

せめて1年間くらいの時間をかけて、進学希望者と学校がコミュニケーションをとって、お互いの希望が一致したらその学校で学ことにする、といった入学制度ができれば良いと思います。

もっと言えば、学ぼうとする人と教えようとする人の、個人対個人の思いが一致したところで、はじめて真の教育的営みが成立するのではないでしょうか。そのためには、十羽一からげの入試制度は不適であると思うのです。

ということで、秋晴れの青空のように光り輝く卒業生諸君との別れで、いつになく教育の意味を考え、たなびく焚き火の煙に焼芋を思い浮かべた一日でした。
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No. 69 (Sat)
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Date 2006 ・ 09 ・ 23

讃岐うどんといのちの教育!

何を隠そう、拙者の両親は讃岐の出である。
従って、拙者はそばよりうどんである。
数十年前、讃岐を訪れた折、伯父が急遽打ってくれたうどんを口にした時が、生れて初めてうどんの旨さを実感した瞬間だった。

ということで、うどん好きの私ですが、今回はいのちの教育のワークショップのお知らせです。

11月10日(金)から12日(日)まで、香川県高松市のサンポートホール高松(JR高松駅徒歩5分)で、第53回日本学校保健学会が開催されます。詳しくは学会のホームページをご覧ください。

その第一日目11月10日(金)の夜6時から、「いのちの教育~その理論と方法」と題したワークショップを開きます。翌日からの研究発表では、「小・中学校の「いのちの教育」に関する全国実態調査」と題して、文科省からの助成で行っている調査の結果を報告します。

ということで、今年の秋は讃岐でお会いしましょう。
東京方面にはちょっと距離があって、という西日本の皆様がウドーンとたくさん集まられることを期待しています。
これを機会に、西日本の皆様とのネットワークが一段と広がることを願っています。

告白しますが、幼少の頃、荻窪・高円寺界隈に居住していたこととも関係しているように思うのですが、ラーメンも大好きです。
もう一つ告白しますが、親戚が信州にいることもあって、そばも好きです。
麺類は自分で作ることも多いのですが、簡単に茹で上がるのでそうめんやひやむぎも好きです。
ついでに言ってしまえば、甲州で食したほうとうも忘れがたいし、きしめんも良い、ワンタンも、長崎ちゃんぽんも捨てがたい。
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No. 68 (Tue)
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Date 2006 ・ 09 ・ 19

ドボンルザークとスーベルト

定期演奏会は、ドボンルザーク(正しくはドボルザークかと思いきや、先日入手したスコアではドボルジャークとなっていました)の交響曲第9番と、スーベルト(正しくはシューベルト)の交響曲第8番。

ドボルザークは、ドボンと落ちてしまいそうだし、シューベルトはスベル可能性大。

シューベルトのスコアも実は書棚にあって、購入の日付を確かめると、やっぱり82年の5月。運命の24年前。

さらにさかのぼること24年。小学5年生の幼き日の卓坊に、親が始めて買ってくれたレコードが、カラヤン指揮のベートーベンの8番とシューベルトの8番が表裏となっているLPでした。そんなわけで、ベートーベンの9曲の交響曲の中でも8番が一番大好きな曲です。ちなみに、ベートーベンの交響曲のうち、偶数番の曲は小さく、奇数番の曲は大曲になっているのですね。8番はとりわけコンパクトだけれども、軽快な出足と小気味良いリズムが良い感じです。

うんちくはともかく、ドボンルザークに比べればスーベルトの方は、なんとか完成に近づいていますが、まだもうひとつ“未完成”。
お後がよろしいようで。
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No. 67 (Sun)
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Date 2006 ・ 09 ・ 17

再びドボルザーク!

11月の定期演奏会に向けて、ドボルザークの交響曲第9番「新世界より」を練習しています。

毎日CDに合わせて一人で練習をするのですが、長い曲なので、大抵第2楽章くらいで力尽きてしまいます。そんな中、先日の練習日には指揮者から、弓使いをしっかりとして下さい、と注文をつけられました。

特に、第3楽章、第4楽章の音符が早く動く辺りは、毎回弓使いが違っていることを指摘されました。概ねチェロとあわせなければならないのですが、どうもうまくいきません。一方、ゆったりとした美しいメロディーの部分は、逆に拍数を読み違えてしまいます。

そんなわけで、先日都心へ出たついでに、オーケストラのスコア(全譜)を買い求めました。フルートやオーボエのメロディとコントラバスの関係が、スコアならしっかりと読み取れます。喜び勇んで帰宅して、ふと書棚を見てびっくり。

黄ばんでホコリだらけになった「新世界」のスコアがあるではありませんか。購入日のメモを見ると、82年の5月つまり24年前。24年といえば、その年に生れた人たちは大学を卒業して2年経つほどの年月です。たくさんのことを学んで、益々元気盛んな頃でしょう。

それにひきかえ、私は24年前とまったく同じことをしていることを知って愕然。成長していないというか、学習していないというか。

やっぱり今回もドボンルザークになってしまうのでしょうか。
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No. 66 (Fri)
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Date 2006 ・ 09 ・ 08

梅酒が美味しいです

梅酒
6月に大学のキャンパスで収穫した梅がいい具合につかり始め、梅酒が飲み頃を迎えました。梅酒が旬、つまりウメシュじゃなくて、ウメシュンですね。

たっぷり氷を入れた小さなガラスコップに梅酒をこれまたたっぷり注ぎ、時間をかけてゆっくり楽しむ。至福の時。

適度なアルコールは健康に良いというアメリカの調査(*)を翻訳したことがあります。あくまでも、適度に、テキドに、テキトーに。

*ブレスロー他著、森本他訳 『生活習慣と健康』 HBJ出版局、1989年

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No. 65 (Wed)
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Date 2006 ・ 09 ・ 06

皇室でご出産

秋篠宮家に男子が誕生したとのニュースが、メディアを埋め尽くしています。皇位継承順位が第3位の男子とのことです。

病院長らの会見によれば(朝日新聞、2006年9月6日夕刊)、両殿下とも「性別に関してはお知りになりたくない、障害(の有無や)その他に関してもお知りになりたくない」「単にお知りになりたくないというのではなく、どんな状態の子どもでも自分たちの子どもだから受け入れたい」ということだったそうです。

僕としても、両殿下のお考えに共感を覚えます。母胎内の様子を相当にリアルに観察できる装置も開発されていますが、純粋に医学的・医療的見地での使用は別として、個人的な関心からこうした機器を用いることには、僕は反対の意見です。

「待ちきれなくておなかのあなたを見てたのよ。それだけあなたに早く会いたかったのよ。」と言って、母胎内のリアルな写真を子どもに見せたいという意見もありました(本HP2006年9月4日の掲示板コメント)。しかし、僕なら、「待ちきれなくて、おなかのあなたを見てしまいたいくらい、そのくらいあなたに会いたかったのよ」と言ってもらいたい。

会いたくても耐えて待つ。それもひとつの愛の形なのだと思うのです。
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No. 64 (Sun)
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Date 2006 ・ 09 ・ 03

1948年生れの交響曲、世界初演!!

楽譜と松脂

これは僕が現在格闘中のドボルザークの交響曲「新世界より」の第4楽章冒頭と、愛用の松脂とそのケース。

本日のお題はドボルザークではなく、作曲家小高尚忠の交響曲第1番の第2楽章です。1951年に39歳で亡くなった小高尚忠の交響曲は、第1楽章だけが知られていて、第2楽章以降はないものだと思われていたそうです。それを、息子さんが自宅にあった資料箱を整理していて、見つけたのだそうです。

その世界初演が、昨日9月2日にあり、それが本日のNHK教育テレビの「N響アワー」で放送されたというわけです。僕としては、その曲の美しさと激しさにも感銘を受けましたが、それが1948年、つまり僕の生れた年に作られた、僕と同い年の曲だったことに、感動を新たにしました。

子どもたちの死の意識の調査をした、マリア・ナギーの論文も1948年に発表されたのでした。

勝手に自分の生れ年に色々結びつけて因縁を感じるとは、研究者にあるまじき発想かもしれません。でも、60年近く前に、同じ日本で暮らしていた人の手で、これほど美しい交響曲が作られていたし、ハンガリーでは子どもの死の意識の調査がおこなわれていたのは確かなことです。

「ドボルザークを弾きこなして、いのちの教育の研究を続けるぞ!」と、勝手にひとり誓いを新たにした夜でした。
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No. 63 (Sat)
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Date 2006 ・ 09 ・ 02

彼女は散歩を嫌がっている

メメ

先日の墓参り、そして美しくも幻想的な行燈と、勇壮な打ち上げ花火。僕にとっては今年も楽しいお盆だったのだけれど、あの日以来、どうも僕の彼女は散歩を渋る。

いやいや出かけていっても、途中でなにか車のドアを閉める「ドン」とか、物がぶつかる「パン」などの音がすると、もう座り込んでしまって動きたがらない。雷鳴が遠くでゴロゴロしたり、子どもたちの遊ぶ花火の音などに、ひどく反応して道端の隅っこに丸く縮こまってしまう。

今日も彼女は玄関先からそわそわしていて、そんなわけで、だましだまし1時間ほどの散歩で帰ってきた。僕としては、涼しくなった夕風をもう少し楽しみたかったのだけれど、彼女はドッグと疲れたようでした。

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